名古屋は尾張徳川家の膝下で城下町として成り立っていたが、都市化が進み今日、大阪、江戸に匹敵する工業都市と発展し、その一部として当時の武士階級から町人に至るまで多くの人々の衣服の供給地として、都市産業の一端を担う染色工芸が発達した。 これが、今なお愛知名古屋の伝統的工芸品産業として国より指定されている名古屋友禅黒紋付染であり、約四百年染められてきた名古屋黒紋付染の位置づけである。 江戸時代末期に確立された名古屋黒紋付染の技法は、染職人の研鑽によって至高の技術まで高められてきた。 その技法には「浸染」と「引染」がある。「浸染」の場合、より一層深い黒色を持たせるため、 下染の工程において「藍下染」もしくは「紅下染」を行う。「引染」の場合には、「三ッ黒引染」または、大正時代に編み出された「とろ引染」の技法を用いることがある。 |